億万長者通りのマジックアワー
- マラッカの億万長者通り「ヒーレンストリート」を地図で探しても見つからない。正式な地名では"Jalan Tun Tan Cheng Lock"と綴りジャラン・トゥン・タン・チェンロック通りと読む。ずいぶん長い名だが、マラッカ生まれの偉人にちなむ名前なのだ。
- Tun Tan Cheng Lock(陳禎祿:タン・チェンロック氏)(Tunとは国王から与えられる最高の称号)1883年4月5日にマラッカで生まれた中華系プラナカン。いわゆるババとして生を受け1960年12月16日、77歳で天寿を全うするまでマレーシアを英国植民地から解放し、民族の独立に尽力した偉大なる人物なのだ。
- 現在では、与党連合の政治と金の問題で求心力が落ち目となっているが今でも影響力を持つ中華系マレーシア人総会、通称"MCA"(The Malaysian Chinese Association)の創始者であり、初代総理大臣であるトゥンク・アブドール・ラーマンと共にマラヤ連邦を独立させる偉業を成し遂げた。
- その、タンチェンロック氏の偉業を後世に伝えるためヒーレンストリートと呼ばれていた通りをTun Tan Cheng Lock氏の名前に置き換えたのだ。
- クアラルンプールやシンガポールにも縁のあるTun Tan Cheng Lock氏の名前は、通りの名前やNUS(シンガポール国立大学)の施設名にも名を残している。
- マラッカのババニョニャ・ヘリテイジ・ミュージアムもこの通り沿いにある。3代目だったアンクル・チャンこと故:曽金礼氏の生家も、OCBC(華僑銀行)の創業者のひとりである「余さん」(Mr. Chee)の生家もこのJalan Tun Tan Cheng Lock通り沿いにある。紛れもなく、マラッカにおけるこの通りは億万長者通りなのだ。
マラッカの億万長者通りヒーレンストリートにて